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INFO:
終点のアナウンスで目が覚めた。 「終点です。お忘れ物のないようーー」 気づけば、乗客は私ひとりだけだった。座ったままうとうとしていたようで、窓の外はもう真っ暗。急いで降りようとした私に、運転手さんが声をかけた。 「眠ってましたね。今日は、疲れたんですか?」 疲れてた。心も、体も。 会社ではミスばかりで、上司には冷たい言葉を浴びせられた。帰っても誰もいないアパート。 誰かと話したかった。でも、話す相手がいなかった。 私は苦笑して、「すみません」とだけ言った。でも運転手さんは、なぜか少し微笑んでこう言った。 「昔、毎晩このバスに乗ってた人がいたんです。いつも終点まで寝ててね。スーツもしわくちゃで、顔色も悪くて」 私は思わず聞き返した。「その人、どうなったんですか?」 「ある日を最後に、ぱたっと来なくなったんですよ。会社、辞めたのかもしれません。 それか......やっと、ちゃんと眠れる場所を見つけたのかもしれませんね」 言葉の選び方に、少し間があった。 でもその間に、優しさが詰まっていた気がした。 「今日も、よく頑張りましたね」 ぽつりと、運転席からそう言われたとき、私は不意に泣きそうになった。 誰かにそう言われたのは、いつ以来だっただろう。 「ありがとうございます」と、少し鼻声で言って、私はバスを降りた。扉が閉まって、バスがゆっくりと走り出す。 そのテールランプが消えるまで、私はしばらくそこに立ち尽くしていた。 たった数分の出来事だったけれど。 あの夜、私はもう少しだけ、生きてみようと思えた。